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第8回さくらの会（2014年3月16日開催）

特別講演

福島県立医科大学での骨軟部腫瘍診療20年の軌跡

　福島県立医科大学整形外科　田地野崇宏

  • 1990年に福島県立医科大学整形外科に就職。その年の10月に現、福島医大理事長菊地臣一先生が教授に就任。医師になって2年目の1992年1月から骨軟部腫瘍の外来診療をするように命じられた。現在は、医師免許取得後2年間は、臨床研修（内科や救急科などの診療科を回って基礎的な診療能力を身につける）で、こんな促成栽培はありえない。整形外科のこともよく分からないうちに、整形外科の中でも最も難しい分野のひとつである骨軟部腫瘍の勉強を始めた。
  • 1970年代から80年代、当時の助教授渡辺真先生と講師柳澤正信先生が骨軟部腫瘍の診療を担当。さらに佐藤勝彦（現、大原綜合病院院長）先生も加わって、3人体制に。しかし、1990年の菊地教授就任を契機に、渡辺先生と柳澤先生は相次いで大学を退職。佐藤先生は、骨軟部腫瘍の専門診療を辞めて、現在もご専門の脊椎を担当。骨軟部腫瘍を診療する医師がいなくなり、私が選ばれた。しかし、骨軟部腫瘍は難しい分野であり、大事に育てられては実を結ばないということで、厳しい環境での訓練が必要だった。
  • 骨軟部腫瘍関しては、当時も今も国内はもちろん世界でも最先端の治療を行っている金沢大学に1年間研修に行かせてもらった。
  • 1992年末に金沢に転居。金沢市は、前田家の城下町であり、加賀百万石の中心として近世から栄えた北陸一の都市。金沢は、東京からはもちろん、大阪や、名古屋などの大都市からも遠く、独特の文化が育った。来年4月には、北陸新幹線が開通して、東京-金沢間の所用時間は2時間半に短縮。
  • 加賀藩の種痘所に源を発する金沢大学医学部は、今年で創立152年を数える国内でも有数の伝統のある医学部。整形外科は、初代教授から代々骨軟部腫瘍を専門とする教授が就任。骨軟部腫瘍の治療に関しても、金沢の地理上の特徴によるのか、 独特の治療法を開発する気質に富んでいた。当時教授だった富田勝郎先生は、脊椎（背骨）に発生した腫瘍を、脊髄を傷つけないようにして、腫瘍にも最小限しか切り込まないようにして切り取る脊椎全摘術という手術を世界で初めて開発。
  • 当時講師であり、現在教授の土屋弘行先生は、カフェイン併用化学療法、骨延長を併用した患肢温存手術、液体窒素処理骨移植術などの数々のオリジナリティーあふれる治療法を世界で初めて開発し続けている先生で、私の骨軟部腫瘍のお師匠さん。最近、細菌感染しにくい、殺菌効果のあるチタン合金を開発し、世界的に注目。
  • 金沢大学で学んだ骨軟部腫瘍の診療技術には、腫瘍シンチグラフィーという核医学検査、腫瘍の中の血液の量と流れを評価するダイナミックMRI、動脈にカテーテルを挿入し、造影する検査と抗がん剤を高濃度で腫瘍に到達させる動脈内流入療法、フェノールという薬品を使った良性骨腫瘍の治療、カフェインを注射して、抗がん剤の作用を強化するカフェイン併用化学療法、イリザロフ創外固定器という器械を使って、骨を延ばす手術など。福島医大では行われてなかったものは、1994年からわたしが福島医大に導入。
  • 1970年から1993年までは多い年はあっても、概ね年間20件代でした。わたしが1994年に骨軟部腫瘍の手術を担当するようになり、手術数は増え続け、20年で2.5倍以上の年間60件近くまで増えた。高齢化によって骨軟部腫瘍の患者さんが増えていることはもちろん関係しているが、私が骨軟部腫瘍の診療を担当してから、数々の新技術を導入したことによって福島医大の骨軟部腫瘍の診療レベルが上がったことも影響していると自負している。
  • わたしが福島に帰ってきた1994年から骨軟部腫瘍の手術を担当。その後、武田 明先生、山田 仁先生、箱﨑道之先生が順に骨軟部腫瘍の外来と手術を担当。特に箱﨑先生が留学から戻ってきた2012年以降は、1985年以来の3人体制に。今回、私が退職した後、2人体制に戻るが、遠くない将来、後輩が続いてくれると信じている。当科の骨軟部診療担当医が交代した1991-2年前後に、画期的な新技術が骨軟部腫瘍の診療に導入。今日はそれらを解説し、この20年の成果をお話し。
  • 本日お話しするのは、切除縁の概念と評価法の導入、MRIの導入、腫瘍再建用人工関節の導入の3。その他にもたくさんの技術革新があって、その結果として今日の骨軟部診療は行われている。これらの新技術はみな、私が整形外科医師になった1990年前後に相次いで導入された。
  • 切除縁の概念が広まるのに、大きな役割を果たしたのは、1987年に癌研究会附属病院の整形外科で始められた骨軟部腫瘍手術手技研究会だった。その後、1989年には、この癌研が中心となって、日本整形外科学会から骨軟部肉腫切除縁評価法が発表された。私は、1992年から骨軟部肉腫手術手技研究会に参加して、切除縁の考えに基づいた骨軟部腫瘍の手術を福島医大で実践するよう努力してきた。しかし、この研究会の開始から、すでに6年の間が空いてしまった。
  • 骨軟部肉腫は、細胞が増えた固まりとして体内に存在。この固まりの周りでは、腫瘍の細胞が周囲に染み込むように拡がりながら育つ。腫瘍は急速に大きくなり、腫瘍の周りに出血やむくみなどの体液の異常を生じる。また、腫瘍が浸潤に反応して、リンパ球や組織球と呼ばれる身体を外敵から守ったり、異物を除去する働きがある細胞が腫瘍の周りに集まってくる。このような身体の反応を炎症と呼び、肉腫の周りの炎症が生じた部分を反応層と呼ぶ。反応層には腫瘍が存在している可能性あり。
  • 切除縁とは､簡単に言うと医師が腫瘍を切り取るときに使うメスが通った跡。メスが反応層や腫瘍の中を通過すれば、腫瘍をすべて切り取ったとは言えず、体内に残った腫瘍が再び育って、腫瘍が再発する危険性が極めて高くなる。腫瘍を体内から残らず取り除くためには、メスは反応層の外側を通過せねばならない。
  • 切除縁評価法とは、切除縁を日本全国共通の計り方で記録して、比較できるようにする目的で決められた。具体的には、腫瘍を含む切り取ったものを大きく切開して、断面を作る。その後、腫瘍とその周りにある反応層を肉眼で確認。反応層からメスで切り取られた端までの距離を定規で測定して、センチメートル単位で記録。この図で言うと、左端は切除縁が3cm、右端は2cm、腫瘍の深い奥の端は1cm。
  • 切除縁はその距離によって4つに分けられる。5cm以上の切除縁は、腫瘍が再発する危険がないと考えられることから、治癒的切除縁と呼ばれる。5cm未満の切除縁は、腫瘍が再発する危険は、その距離によって規定されるが、反応層を通っていないので、広範切除縁と呼ばれる。反応層を通る切除縁は、腫瘍が再発する危険があり、辺縁切除縁と呼ばれる。腫瘍に切り込んでしまっている切除縁は、腫瘍が体内に残っている危険性が極めて高く、腫瘍内切除縁と呼ばれる。
  • 切除縁は、拡大すればするほど、つまり腫瘍から離して切り取る範囲を増やせば増やすほど、腫瘍が再発する危険性は減少し、治る見込みは高くなるが、正常な筋肉などが余分に切り取られる分、手術後の機能は低下する。一方、切除縁は、縮小すればするほど、つまり腫瘍から離して切り取る範囲を減らせば減らすほど、手術後の機能は保たれるが、腫瘍が再発する危険性は増加する。切除縁には、このようなジレンマがある。
  • この切除縁のジレンマを解決するには、腫瘍が再発しないようにさせる最も小さな距離がいくらなのかを求める必要がある。この最小の切除縁を求めるのを目的として、骨軟部肉腫手術手技研究会が発足した。この研究会は、実際に手術が行われた骨軟部肉腫の患者さんを対象として、腫瘍を再発させずに、機能障害を最小にするにはどのような範囲を切り取ればよいのかを検討する研究会。当時癌研究会附属病院整形外科部長で切除縁の定義を提唱した川口智義先生が主催された。
  • これは1992年に私が出席した骨軟部手術手技研究会の記録。各施設の代表者が自分が手術した患者さんを提示。患者さんのCTやMRIを見て、腫瘍の範囲を確認し、断面図の中に、自分ならどの範囲を切り取るのか意見を述べる。最後に、実際にどのような手術が実施されたのかを提示者から聞いて、その手術が妥当であったのかどうかを話し合う。
  • このような研究の積み重ねの結果、現在、軟部肉腫については、広範切除縁で切り取るのが適切とされている。そして、再発の危険性を10%以下にし、機能損失を最小限にするためには、悪性度が高い肉腫の場合には、反応層から2cm以上の距離が必要とされている。悪性度が低い肉腫では、1cm以上あればよいとされている。
  • 当科で切除縁評価法が確立していなかった1970年から1993年までは、20%が再発。わたしが切除縁評価法に基づいて骨軟部腫瘍の手術を担当するようになった1994年以降は、8.5%で再発。さらに、1994年から2013年までを10年ごとに区切ると、1994年から2003年までの再発率は、13.6%だったが、2004年から2013年までの再発率は4.5%に下がった。
  • 1983年、日本で初めてのMRIが東芝から発売されて、慈恵医大に導入。1988年には、現在の主力機種となっている超伝導型MRIが東芝と島津製作所から発売され、全国の大きな病院に相次いで導入。福島医大にMRIが導入されたのは1993年で、全国の大学病院の中では最も遅かった。他の大学からは4-5年遅れたが、私が骨軟部腫瘍の手術を始めた1994年には間に合った。
  • 左はふとももの骨（大腿骨）の骨肉腫の患者さんのMRI。黒っぽく変色している部分が腫瘍。骨の中で育った腫瘍が骨から外側に出て行っている状態が観察できる。このMRIをもとに、広範切除になるように腫瘍を正常な骨、脂肪、筋肉などで包んで切り取るように計画しました。右は実際に切り取った腫瘍部分を割って見えるようにしたもので、腫瘍の大きさや位置がMRIと全く同じなのが分かる。MRIの導入によって、ミリメートル単位で腫瘍の大きさを知ることができるようになり、精密な手術を計画して、遂行することが可能となった。
  • 1982年に、アメリカでHMRSと呼ばれる金属製の脚用人工関節が発売された。日本でも、同じ年に京セラからセラミックという焼き物の人工関節が発売された。当科で最初のセラミック人工膝関節手術が行われたのは、1986年。1988年にHMRSが日本で使えるようになり、当科で最初のHMRS人工膝関節手術が行われたのは、1992年。当科での腫瘍再建用人工関節は、セラミック製も金属製も発売から4年遅れて実施。私が骨軟部腫瘍の手術を行うようになった1994年以降は、金属製の人工関節が主流となった。
  • 腫瘍再建用人工関節には、腫瘍とともに切り取られた骨の欠損を埋める（補綴）、関節の動きを保つ（可動性）、特に脚の人工関節では、体重を支える（支持性）、長持ちする（耐久性）という機能が求められる。セラミック製の人工関節は、耐久性が不足していて、折れてしまうという問題があって、廃れていった。
  • これは当科で行われた骨軟部肉腫の手術数と手足を切断する手術が行われた割合を表したグラフ。1972年までは、骨軟部肉腫の手術は、すべて切断術で、切断の割合は100%。1972年から徐々に切断せずに腫瘍部分を切り取る手術が試みられるようになり、切断術の割合は徐々に低下し、1993年には、8%程度まで低下。わたしが手術を担当するようになった1994年以降は、切断術を行っていない年もあり、近年は10%未満となっている。
  • これは、切断する手術が行われた割合を表したグラフ。1972年まで骨軟部肉腫の手術は、すべて切断術で、切断の割合は100%。1972年から徐々に切断せずに腫瘍部分を切り取る手術が試みられるようになり、切断術の割合は徐々に低下し、1993年には、8%程度まで低下。わたしが手術を担当するようになった1994年以降は、切断術を行っていない年もあり、近年は10%未満となった。
  • その他に福島医大に導入した診療技術としては、診断法としてPET、PET/CT、そして国内で初めて福島医大に設置されたばかりのPET/MRIがある。治療法としては、わたしたちが国内で初めて実施した骨軟骨腫に対する身体への負担が小さな手術、手術時に腫瘍と一緒に切り取った骨を腫瘍細胞を殺すように処理して体内に戻す自家処理骨移植、血管と神経を腫瘍から剥がして残すin situ preparation法、国内では選ばれた施設だけで行われたEwing肉腫に対する抗がん剤治療など。今日はEwing肉腫について説明。
  • 1970年から2003年までの間に治療した患者さんの5年生存率は、16.7%しかなかった。日本ユーイング肉腫グループは、国立がん研究センター、日本大、福島医大などの小児科、整形外科、放射線科がユーイング肉腫の治療成績を向上させるために結成した研究グループ。私たちは、2002年以降この研究グループに所属して、2004年から新しい抗がん剤治療を導入した。その結果、5年生存率は、64.9%となり、Ewing肉腫の治療成績は劇的に改善。
  • 骨軟部腫瘍の直接的な診療技術ではありませんが、骨軟部腫瘍に関する会合として、ひとつは骨軟部腫瘍の診断精度を上げるために、月1回、病理診断科、放射線科の医師達と一緒に、Cancer boardという患者さんの画像診断、病理診断を検討する会議を始めた。もうひとつは、肉腫の患者さんたちの情報交換を行う場として、国内初の肉腫の患者会である、このさくらの会を始めた。今後も、このさくらの会がみなさんの情報共有の場として続いていくことを願っている。

第4回さくらの会（2012年 3月18日開催）

特別講演

骨・軟部肉腫に対する最新の診断・治療法

　福島県立医科大学整形外科　田地野崇宏

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骨・軟部肉腫に対する最新の診断・治療法ー福島県立医大整形外科田地野崇宏
2012年3月18日の講演のスライドです
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